最高裁判所第三小法廷 昭和47年(オ)903号 判決 1974年4月30日
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人高野作次郎、高橋秀三、同井関照夫の上告理由について。
原審は、訴外土井貞三と商品仲買人である被上告会社の外務員訴外戸田栄一との間に上告会社を委託者とする本件商品清算取引契約が締結された当時、土井は、繊維類等の販売を業とする上告会社の内地部の従業員であり、商品の受渡し、代金の受領等に関する事務に従事し、これらの事項について上告会社を代理する権限を有していたが、それ以上に商品取引一般についての代理権限はなく、また、本件商品清算取引について上告会社から特別に授権されていたものでもなかつたとしたうえ、その確定した事実関係のもとにおいては、戸田及び被上告会社が、土井を上告会社の商品清算取引の担当者と信じたことについて、そのように信ずべき正当の理由があつたとして、被上告会社の表見代理の主張を採用している。
しかし、原審の確定するところによれば、本件契約締結に際し、土井と戸田との間で作成された商品信用取引約諾書、差入書、念書には、上告会社内地部において売約メモ、請求書等に押捺するために通常使用されている上告会社名を刻したゴム印及び角印が押捺されていたけれども、上告会社代表者を示す記名、押印はなかつたことが認められる。ところで、商品清算取引は、通常その金額も相当巨額なものとなり、また、相当長期間にわたつて継続的に行われるものであるとともに、資力のない者が他人の名を冒用して投機に走ることも決して稀なことがらではないのであるから、商品仲買人としては、このような場合、取引の相手方である会社代表者名の記載がないことに不審の念を抱き、取引の衝に当たつた者に契約締結をする代理権限があつたかどうかを会社に一応照会するなどして、その意思を確める義務があると解するのが、取引の通念上相当であり、被上告会社が、そのような措置をとらないまま、原審が確定する本件契約締結当時の事情によつて、土井に上告会社を代理する権限があると信じたというのであれば、未だその代理権があると信ずるについて正当の理由があるとは認められないというべきである。
しかるに、原判決は、被上告会社が前示のような調査、確認義務を尽くしたかどうかを確定することなく、被上告会社には過失がなかつたものとして表見代理の主張を採用しているのであつて、その判断は民法一一〇条の表見代理における正当の理由の解釈を誤つたものというべく、上告論旨は理由がある。
よつて、原判決を破棄し、右正当の理由の存否について更に審理させるため、本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 坂本吉勝 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己)